当院に初診に来ていただいた患者さんの中に、他院で「歯並びを広げて前歯を下げます」と言われましたとおっしゃられる方がおられます。私が「歯並びを広げるとむしろ前歯が前に出る可能性がありますよ」と説明すると、とても困惑した表情をされてしまうことがあります。他院で言っていることと私が言っていることはほとんど真逆のようですが、どちらの言っていることが本当なのでしょうか?今回は歯並びを広げると前歯はどうなるのかについてお話したいと思います。
歯並びの形は上から見るとU字型あるいは放物線型の綺麗な形をしています。成人男性の歯並びの縦の長さ(歯列弓長径と言います)は、上顎でおおむね35~36mm、下顎で31~32mm程度です。歯並びの幅の大きさ(歯列弓幅径と言います)は、成人男性の上顎でおおむね44~45mm、下顎で36~37mmです。一方、成人女性の歯列弓長径は、上顎でおおむね34~35mm、下顎で30~32mm程度です。歯列弓幅径は、成人女性の上顎でおおむね41~42mm、下顎で33~34mmです。「歯列弓幅径/歯列弓長径」の比率を計算すると、男性上顎=約81%、男性下顎=約88%、女性上顎=約83%、女性下顎=約92%程度になります。患者さんの身長や体格、骨の大きさなどによって、歯並びの大きさは様々ですが、生理的でバランスのとれた歯並びの縦横の比率は、人種や民族によっておおむね決まっています。
矯正の相談に行くと、お子さんや大人の方でも歯並びを広げましょうと言われることがあります。歯並びを広げてスペースを作り、前歯を引っ込めましょうと言われることもあります。冷静に考えると、「歯並びを広げる」=「歯列弓幅径を拡大する」ことですので、「歯列弓幅径/歯列弓長径」の比率が一定のままであると考えると、自動的に歯列弓長径も大きくなることになります。歯列弓長径が大きくなると、当然前歯は前に出ることになりますので、前突はより悪化することになってしまいます。
歯列弓幅径を広げて前歯を下げるというのが完全な嘘なのかというと、そういうわけではありません。条件があるのです。それは歯並びの幅が極端に狭くなっており、かつ歯のガタガタがとても少ない場合です。この場合は、歯並びを広げると確かにスペースが生まれて、そのスペースを利用して前歯を下げることが可能です。ただし、通常歯列弓幅径が極端に狭窄していると、歯が並ぶスペースが足りなくなり、歯のガタガタができたり歯が極端に飛び出したりすることがほとんどですので、歯並びが狭くてなおかつ歯のガタガタがほとんどないケースというのはかなり稀なケースです。一般的に歯並びが狭く、歯のガタガタがあるような場合は、歯並びをそのまま広げると、やはり前歯は前に出てしまいます。
では、「歯並びを広げて前歯を下げましょう」と言う先生がなぜいるのでしょうか?それは「歯列弓幅径/歯列弓長径」の比率を無視して、歯列弓幅径を無理やり広げているからです。縦長であるはずの歯並びを横長にしてしまうほど拡大すると、確かに前歯は下がります。しかし、そのような不自然な歯並びは、非生理的なため安定しません。治療後に咬み合わせがずれてしまうか後戻りを起こしてしまい、結局抜歯して過度の広がった歯並びを逆に狭めるような治療をしないといけない可能性が高くなってしまいます。
ではそうならないようにするにはどうするのかですか、歯列弓幅径を広げると同時に奥歯を後ろに下げる治療を組み合わせるか、前歯の横の部分を削ってスペースを作り、前歯が前に出ないようにするかの方法を行うことになります。ただし、奥歯を後ろに下げられる量や前歯を削れる量には限界があり、大きなスペースを作ることは困難です。両方の方法で間に合わないのであれば、無理して歯並びを広げるべきではなく、歯を抜歯してスペースを作り、無理なく歯を配列して機能的にも形態的にも生理的にも安定的な歯列を作っていくことが必要となります。
当院でも歯並びを広げる治療は行っていますが、無理に広げて非抜歯を目指すような治療は避けるようにしています。歯並びを広げてどうしても歯を抜かないようにしたいとご希望になる方もおられますが、その際はそのメリットとデメリット、リスクのバランスをよく考慮していただいて、治療法を選択していただればと思います。
2026月03月22日
院長 大西 秀威












