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院長が日々診療するうちに思う雑感を記す矯正コラムです。

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硬いものを咬むと顎が大きくなるって本当?【前編】

小さい頃に「顎が大きくなるからよく咬みなさい」とか「硬いものを咬んだ方が顎が大きくなるよ」とか言われたことはないでしょうか?当院でも患者様のお母様に「硬いものを食べさせた方がいいでしょうか?」とご質問を受けることがあります。
本当のところはどうなんでしょうか?

小児歯科や矯正歯科の先生によって多少見解は分かれるかもしれませんが、「小さい頃によく咬んだり、硬いものを咬んだからといって顎が大きくなることはない。でも、食事の際にはやはりよく咬んで、硬いものをしっかり咬むようにした方がいい」というのが答えになると思います。

現代日本人の食生活は大きく変わり、硬いものを食いちぎったり、何回も咬まないと飲み込めないような食べ物は、日常生活ではほとんど見かけなくなっています。あまり咬まなくてもすぐに飲み込めてしまう食べ物がほとんどです。また、現代人の顎の大きさが大きな流れとして、昔の人より小さくなってきているのも事実のようです(進化?退化?)。
どうもこの2つの要素が関連づけられて、顎が小さくなっているのは、柔らかい食生活が原因だとまことしやかにささやかれているのではないかと思います。

昔に比べ硬い食べ物が減った
     ↓
食事の際にたくさん咬む必要がなくなった
     ↓
使わない器官は退化する
     ↓
顎の大きさが小さくなる

上記のような仮説を進化生物学的に用不要説といいます。しかし、用不要説はまったく理論的裏づけがなく、立証されていないことはよく知られています。

基本的に顎の大きさというのは、先天的な要因すなわち生まれ持った要因で決定される部分が大きく、生物学的にいう先天的形質の部類に含まれます。しかし先天的な要因によってすべてが決定されるわけではなく、後天的な要因によって骨格が変化することも十分ありえます。たとえば、栄養状態の悪い状態で育てられたお子様は、身長が小さくなったり、顎の大きさも小さくなります。こういった後天的な要因によって変化した形態や性質を獲得形質または後天的形質といいますが、基本的に獲得形質は遺伝しないと考えられています(一部の植物などを除く)。
すなわち何らかの原因によって後天的に顎の大きさが大きくなったとしても、次の代に受け継がれていくことは考えにくいことです。現代人の顎が小さくなっているのは、人類の進化の過程であり、咬む咬まないに関わりなく抗うことのできない大きな流れであるといっていいと思います。

では遺伝しないまでも、よく咬むことによって顎の大きさが大きくなるという変化は起こらないのでしょうか?
残念ながらそのような現象は期待しにくいです。
1日3回の食事のに際に、上下の歯と歯が接触している時間は20分程度と言われています。このような短時間に骨に加わった力によって、骨の形態が変化するとは考えられません。もしそのようなことが起こるとすれば、矯正装置を何時間も装着していただく必要はなくなりますし、すごく短期間で楽に矯正治療できることになってしまいます。もしそうであれば、僕個人的には大変うれしいことですが、残念ながらそんなことはありません。

では、よく咬むことに意味はないのでしょうか?
この続きは後編にお話したいと思います

 

2012月10月31日

院長 大西 秀威