早いもので令和元年もあと残りわずかとなってしまいました。前回のコラムからかなり期間が開いてしまいましたが、今回は矯正歯科治療が持つ他の歯科治療と異なる特徴についてお話ししたいと思います。
以前のコラムにも書きましたが、日々の生活の中で人間の体は一見変化がないように見えます。何かの病変や怪我、外傷でもない限り、昨日と今日で骨や皮膚の形が変わったり、歯の位置が変わったりすることは普通ありません。長い目で見ると、骨や皮膚の形態、歯の位置も微妙に変わっているのですが、短期的に見ると全く変化がないように見えます。これを生体の恒常性(ホメオスタシス)と言います。しかし一見全く変化がないように見えますが、実は骨や皮膚の内部では古い組織は破壊され、代わりに新しい組織が作られ、古い組織と新しい組織が常に置き換えられ続けています。新陳代謝し続けることによって恒常性は維持されています。
一般的な歯科治療というのは、基本的に歯や骨の状態は変化しないことを前提に治療を行っていきます。例えば被せ物の型取りをして、被せ物を装着するまでの間に歯の形や位置が変わってしまったら、被せ物は装着できません。被せ物の高さや入れ歯の調整、インプラントの埋入位置の決定などは今の状態が変化しないことを前提に、現状に合わせて行っていくことになります。もちろん加齢による変化を考慮して入れ歯を設計したり、インプラントの位置や本数を決めることはありますが、将来的に歯が磨り減る可能性があるから、被せ物の高さをわざと高めにしようなどということは基本的にありません。そんなことをしたらしっかり咬めなくなりますし、強く当たって歯が割れてしまうかもしれません。歯周病の治療では、歯茎の形態や骨の状態が変わっていきますが、これは病変で悪くなった状態から健康な状態に戻していく治療過程での変化ですので、恒常性の一部と言えます。歯周病で一旦痩せてしまった歯茎はそのままでは元に戻りませんし、減ってしまった骨も基本的には戻ることはありません。このように多くの歯科治療は、短期的に歯の位置や骨の状態が変わらないことを前提に行われています。
ところが、歯科矯正は通常変化しないはずの歯や骨の位置、形態を変化させていく治療です。歯の位置や骨が変化することが前提になっています。生体の恒常性がありますので、1日2日では変化がないように見えますが、半年あるいは年単位で時間をかけて治療することにより、少しづつ少しづつ変化させていくのが矯正治療ということになります。健康な組織(臓器)を長い期間をかけて変化させていくというのが、他にはない歯科矯正の大きな特徴だと思います。矯正医は歯並びや咬み合わせは常に変化し続けるものだという前提で物事を考えています。ですので矯正治療においては、どのように歯が動くか、どれぐらい骨が成長するか、治療後の安定性はどうなのかなどの予測がとても重要になります。「予測」=「診断」といっても過言ではありません。良い診断とは良い予測とも言えるわけです。
では、すべてのことを予測できるかという話になるのですが、残念ながらそれはほぼ不可能だと思います。大学などで人を対象として研究したことがある方であればよくわかると思うのですが、人間(人体)の多様性というのはほんとに様々で、まさに十人十色、百人百様といった感じです。ある一つの法則やルールに従って人体が変化するなどということはほぼ無いに等しいです。ここに予測することの本質的な難しさがあります。矯正治療でこの患者さんにはこの方法でうまくいったけど、同じようなこの患者さんにはなぜか上手くいかなかったとか、おそらくこういう成長パターンをするだろうと思っていたのに、全く違う成長パターンになってしまったとか、装置の効果が想定外の反応を生んでしまったなどということもあります。これを診断ミスだと言う方もおられるかもしれませんが、すべての変化を完全に予想することは不可能だと私は思います。残念ながらやってみないとわからない部分というのはどうしても出てきてしまいます。それほど人の多様性、バリエーションというのは千差万別なのです。
仮に装置をつけて予想していたような効果が出なかった時に大事になるのが、どのようにリカバリーするかです。すなわち次の手、またその次の手を持ち合わせているかです。治療が上手く行かないことはどんな有名な先生でも必ずあります。しかし治療の上手な先生は、それならこの方法で、それでもだめなら別の方法でと選択肢を幾つも持っておられます。この懐の深さが矯正医の実力と言えると思います。二の矢、三の矢を放って軌道修正することができれば、矯正治療を成功に導くことができます。当院では思ったような装置の効果が出ていなかったり、治療が上手く進んでいない場合は必ず説明し、代替となる方法についても提案するようにしています。矯正治療はどうしても予定通りに治療が進まない場合があることをご理解いただきたいと思います。
2019月12月26日
院長 大西 秀威