顎関節症は矯正治療で治るの?

顎関節・関節円板の動き

以前にある女性歌手の方が、顎関節症の治療のために芸能活動を休止するとニュースになったことがありました。その歌手の方がどのような治療を受けられたのか私にはわかりませんが、顎関節症の原因は咬み合わせにあるのではないかと一般的に思われがちです。当院にも顎関節症を治療したいと来院される患者様がおられます。矯正治療すれば顎関節症が治るかというと、残念ながら「ノー」と言わざるを得ないと思います(ただし、良くなることもあります)。このあたりの見解については、先生によって意見の相違がかなりあるかもしれませんが、今のところ私は矯正治療で確実に顎関節症を治せるという先生に出会ったことがありません。

世界で最も権威ある医学研究機関の一つにアメリカ国立衛生研究所(NIH ; National Institutes of Helth)というものがあります。NIHが1996年に顎関節症についての声明を発表しています。17年も前の声明ですからちょっと古いですが、今のところNIHが顎関節症について発表した唯一の声明ですので、現在でもNIHの顎関節症についての公式見解であると言っていいと思います。

その声明の中で、矯正治療と顎関節症についてこう述べられています。
“At present the evidence is insufficient to warrant prophylactic intervention for management of TMD, nor are there data providing clear evidence that orthodontic treatment prevents, predisposes to, or causes TMD.”
“Additionally, available data are not persuasive that orthodontic treatment prevents, predisposes to, or causes TMD.”
すなわち「矯正治療することが顎関節症の予防になったり、逆に矯正治療することにより顎関節症になりやすくなったり、顎関節症の原因になることはない」ということです。

顎関節症の主な症状は「カクカク、ゴリゴリ音がする」「顎が痛い」「口が開きにくい」などですが、これを顎関節症の主要3症状といいます。そのほかにも頭痛や首や肩のこり、めまいなどの症状が出ることもあります。
顎関節の構造がどうなっているかというと、下顎の骨の下顎頭という部分が、頭蓋骨の一つである側頭骨の下顎窩というところにはまり込んで、顎関節を形成しています。下顎頭が下顎窩内から関節結節に沿って動くことにより、口を大きく開けられるようになっています。この際に骨同士が直接ぶつかってしまうと、スムーズに口を開け閉めできないので、クッションの役割を果たす関節円板という線維組織が下顎頭と関節窩の間に挟まっており、関節円板が関節の動きに連動することにより、スムーズな口の開閉運動をすることができます。

しかし、何らかの原因でこの下顎頭と関節円板の連動がうまくいかなくなると、口を開けたときに関節円板が途中で下顎頭からずれてしまうことがあります。関節円板が下顎頭からずれてしまう瞬間に「カクッ」と音が鳴ると言われています。顎関節症がもっと進行すると、口を閉じたときも関節円板がずれたままになってしまい、骨同士がぶつかるようになってしまい、口の開け閉めの際に「ゴリゴリ」と鈍い音がしたり、痛みが出たり、口が開けにくくなったりします。

では顎関節症になる原因は何なのかというと、いまだによくわかっていません。歯軋りや食いしばり、口の異常な開閉運動、不良な歯の被せ等による急激な咬み合わせの変化やそれに伴う筋肉の異常な緊張、長時間にわたる頬杖、あくびなどの大きく口をあけたり、硬いものを思いっきり咬むといった動作、学校や仕事、人間関係などのストレス等々様々な要因が複雑に絡みあって顎関節症は発症すると考えられています。そのため何か一つの要因で顎関節症が引き起こされるということはなく、例え咬み合わせを治したからといって顎関節症がすぐに治るということは考えにくいです。
現在では肉体的あるいは心理的なストレスが大きな要因になっているのではないかと考えられています。歯軋りや食いしばりもストレスが原因とも言われており、歯軋りや食いしばりを続けることにより筋肉の異常な緊張が続き、顎関節に大きな力が加わり続けることが誘因になっているのではないかとも言われていますが、定かではありません。

原因がはっきりとわからない以上、残念ながら治療法が確立しているとは言いがたいのが現状です。先の声明の中でも
“Diagnosis and initial treatment, therefore, often depend on the practitioner’s experience and philosophy, rather than on scientific evidence.”
“Consensus has not been developed across the practicing community regarding many issues including which TMD problems should be treated and when and how they should be treated.”
「(顎関節症の)診断や初期治療は多くの場合、科学的証拠よりも施術医の経験や哲学に頼っている。」
「どのような顎関節症の問題を治療するべきで、いつ、どのように治療するべきか等の多くの論点について、施術医の間に合意は形成されていない。」と述べられています。

科学的根拠がなくても、経験上こうすれば治るという方法があればそれでいいとは思います。
当院で矯正治療を受けられた患者様で、治療後に「顎の痛みが無くなった」「偏頭痛が無くなった」等とおっしゃられる方も確かにおられます。しかし顎関節の症状に変化のない方も多くおられるので、矯正治療で顎関節症が治るとは言えないというのが現状です。顎関節症が良くなることもあるというのがせいぜいなところかなと思います。

顎関節症の方で矯正治療を希望される方は、顎関節の症状と矯正治療を分けて考えていただいた方がいいと思います。まずは顎関節の治療を先に行い、症状が無くなるあるいは軽減してから矯正治療をするべきだと思います。決して顎関節症を矯正治療で治そうとお考えにならない方がいいと思います。
当院では、顎関節の治療と矯正治療を別のものとして、それぞれの治療についてご理解いただける方しか治療できませんので、あらかじめご了承ください。

2013年2月3日

院長 大西 秀威